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杉原 里志

さなぎが溶ける痛みの先で、私たちは新しい「言葉」を獲得する。

連載記事(杉原ブログ) 2026.03.30

 

3月の終わり。 人事異動という、組織にとっての“季節のうねり”の中にいます。
出会いと別れ。配置と再配置。会社というシステムが、ぐっと形を変える瞬間です。

 

さて、今回のテーマは「課長は大変だ」という話のような、違うような。

 

一見すると、部長の方が偉くてマネジメントが大変そうに見えます。 しかし実態は違う。部長が向き合うのは、すでに一定の言語と経験を持っている「整った人材」です。言い方を選ばなければ、“交通整理”に近い。 一方の課長は、カオスの中心である。決起盛んな若手、プライドの高いベテラン、少し手のかかる問題児、生活背景の違うパートまで、価値観も能力もバラバラな人間を束ね、自分も数字を持ちながらチームを回す。プレイヤーであり、コーチであり、クレーム処理係でもある。これはなかなか骨が折れる仕事です。

しかし、本題はそこではない。 「課長から事業部長へ」の昇格。ここです。 これは単なる役職の延長(昇進)ではありません。まったく別のゲームへの「転生」なのです。
営業ができる。現場が回せる。数字を作れる。 それと「事業を経営できる」ことは、似て非なるものです。正直に言えばほぼ別物と言っていい。 事業部長とは、「小さな会社の社長」である。限られた経営資源(ヒト・モノ・カネ)をどこに配分し、どうやって利益を回収するか。そのビジネスモデルの戦略を描き、未来を言葉にするのが仕事です。つまり、“意思決定の総量と質”が桁違いに増えるのです。

 

ここで、多くの組織が悲しい過ちを犯します。 課長までの道のりは、過去の努力と成功体験の延長線上でなんとかなる。 でも、事業部長というポジションは、その延長線上にはありません。 にもかかわらず、過去の実績だけを評価して、「そのままの延長で上へ上げる」。この安易な構造です。

 

すると、何が起きるか。 「優秀だったはずの課長が、ひどく迷い、立ち止まる事業部長になる」のです。
なぜ、そんな悲劇が起きるのでしょうか。 理由はとてもシンプルです。彼らが使うべき「言葉」が変わったことに、誰も気づいていないからです。
人間は、自分が持っている言葉の範囲内でしか、思考し、行動することができません。
課長時代に彼らを支えていた言葉は、「どうやるか(How)」が中心でした。 いかに効率よく目標を達成するか。いかに現場を動かすか。 しかし、事業部長に求められる言葉は違います。 「私たちは、なぜこれをやるのか(Why)」。そして、「この事業を通じて、どこへ向かうのか(Where)」。
この言葉の切り替えができないまま上の席に座ると、どうなるか。 彼らは、事業部長の椅子に座りながら、いつまでも「戦術(How)の延長」で戦略を語ろうとします。過去の成功体験という甘い記憶にすがりつき、目の前の部分最適ばかりを積み上げてしまう。 言葉のレイヤーが上がっていないから、事業全体の未来を描くことができないのです。結果として、事業は必ず停滞します。
まさに「さなぎから蝶になる」という表現は、残酷なまでに本質を突いています。
さなぎが蝶になるとき、その内部では何が起きているか。 彼らは、自分の体を一度ドロドロの液体にまで溶かしているそうです。かつての自分の形を完全に失い、その混沌の中で、まったく別の構造へと自らを再編成していく。そして、あの美しい羽根を持つ蝶になる。
事業部長への変化も、まったく同じ痛みを伴います。 これまでの自分を支えてきた強烈な成功体験を、自らの手で一度壊す。思考のOSを根底から書き換える。そして、一段高いレイヤーの言葉を、血を流しながら獲得していく。
でも。 この命がけのプロセスを、「お前一人で、自力でやれ」と突き放すのは、あまりにも酷です。それは組織の暴力に近い。
では、私たち周囲の人間は、どう支援すべきなのか。
支援とは、新しいマネジメントのスキルやフレームワークを教えることではありません。 「その人の内側にある言葉を、再構築すること」です。
・自分たちにとって、事業とはそもそも何なのか。
・社会に届けるべき本当の価値とは何か。
・そのために、どんな戦略を描き、どこへ向かうのか。

これらを、誰かの借り物ではない、自分の腹の底から湧き上がる「明確な言葉」にする。
言葉にできるものだけが、確信を持った意思決定につながります。言葉にできないものは、決して組織の中で再現されることはありません。 つまり、事業部長を育成するとは、その人の「言語開発」そのものです。
そして、この言語開発は、決して一人きりの部屋ではできません。 なぜなら、事業の輪郭は、他者との激しい“対話”という摩擦を通してしか浮かび上がってこないからです。
遠慮のない壁打ち相手。 本質を突く鋭い「問い」を投げてくれる存在。 凝り固まった思考を揺さぶり、壊してくれる他者。
そういう存在がいないと、人はどうしても、これまでの自分の枠(Howの言葉)を超えられません。 だからこそ、組織が提供すべき本当の支援とは、「問い」と「言葉」を絶えず供給すること。そして、逃げ場のない「考え抜くための場」をつくることです。
人事異動の季節。 ただ机の配置を変え、名刺の肩書きを新しくするだけでは、組織の体温は1度も上がりません。 本当に変えるべきは、「その役割に応じた言葉」です。
課長時代の「どうやるか」という言葉のまま、事業部長の重責を背負わせるのか。 それとも、事業の未来を語れる、太くて熱い言葉を自ら掴み取らせるのか。 ここで、その事業の、そしてその人の未来は大きく分かれます。
組織は、人でできています。 そして人は、言葉でできている。
だからこそ、この変化のタイミング、さなぎが一度溶けようとするこの痛みの瞬間こそが、「言葉を進化させる最大のチャンス」なのです。
さて。 この春、新たに事業部長の椅子に座るその人は、一体どんな言葉を握りしめて、未知の荒野へと歩み出すのでしょうか。 それを共に見届け、言葉を育むこと。それこそが、組織を預かる人間の、最も面白く、責任の重い仕事なのだと私は思っています。
この記事を書いた人
2021年に株式会社ixisを創業し、代表取締役を務める。人材業界で新規事業立ち上げに従事した経験を活かし、「ぐっとくる会社を、もっと。」をビジョンに、中小企業の経営力向上と組織開発を支援。経営者向け勉強会「経営の仕組み化ラボ」を主宰し、地域企業のネットワーク構築や課題解決に取り組む。ITと人事の融合による実践的なコンサルティングで、地域経済の活性化を目指している。
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