BLOG ブログ

カテゴリー

アーカイブ

杉原 里志

ノーリスクの正論は、組織にとって「ノイズ」である。

連載記事(杉原ブログ) 2026.03.03

                                

途中で組織を抜けた人が、あとになって外野から「いいこと」を言う。
その指摘が、案外ビジネスの核心を突いていたりするから厄介です。
「確かに、その通りだ」「そうすべきだった」と、残された人間は一瞬、思考を止めそうになる。

だが、ここで線を引かなければならない。 この二者を同じ土俵で扱えば、組織というシステムは確実に壊れます。

なぜ、辞めた人の言葉は、どんなに論理的に正しくても「軽い」のか。

理由はシンプルだ。その人がダメな人間だからではありません。


「リスク」という対価を支払っていないからである。

 

組織に残った人間は、正解かどうかも分からない不完全な情報の中で、調整し、謝罪し、決断している。
彼らは常に「失敗したら責任を取る」というリスクを背負って前に進んでいる。

一方、途中で降りた人間は、そのリスクから解放されています。

リスクのない場所から放たれた言葉は、どれほど鋭くても「意見(感想)」に過ぎなのです。

対して、リスクを背負った人間が発する言葉だけが「決断」と呼ばれる。

ビジネスの世界では、意見と決断のレートは等価ではありません。

残された人間が感じるイラ立ち。 「正論なら、現場にいた時に言えよ」「きれいな言葉だけ置いていくな」。
これは感情論ではない。コストを負担し続けている人間だけが持つ、正当な「経済的違和感」です。

もちろん、外野からの景色はクリアだ。 現場のしがらみ(ノイズ)がない分、組織の欠陥がよく見える。
だから、その指摘は論理的には「正しい」ことが多い。

だが、その正しさに価値があるかといえば、話は別なのです。

 

正論は、誰が言うかで価値が決まるのではない。

「どこで」言うかで決まるのだ。

 

安全圏からの正論は、現場を動かす駆動力にはなり得ません。
なぜなら、その正論に従って失敗したとき、その発言者は1ミリも痛手を負わないからだ。
損失を共有しないアドバイスは、無責任なコンサルティングと同じで、百害あって一利なしである。

私がいつも思うのは、本当に評価されるべきは「正解を言った人」ではないということ。
評価されるべきは、「不完全な状況下で、リスクを引き受けた人」なのです。

完璧な正論など、結果が出たあとにならAIでも言える。

だが、泥をかぶり、批判を浴びながら、不確実な未来を選択する。

その行為だけが、人を動かし、現実を変える力を持つ。

 

もし、途中で投げ出した人間に役割が残っているとすれば、ひとつしかありません。

もう一度、責任というリングの中に上がってくること。外から石を投げるのではなく、中で血を流す。

自分の言葉を、自分の体重(リスク)で支える。 それができて初めて、その言葉は組織の中で通貨として流通する。

そして、これは他人事ではありません。 自分自身への問いでもあります。

「私は今、正論を吐こうとした瞬間、リスクの側に立っているだろうか」

「その言葉の結果を、最後まで引き受ける覚悟があるだろうか」

 

この問いを自分に向け続けられる人間だけが、組織の中で信頼を勝ち取れるのです。

リスクを取らない正論は、ただの雑音だ。

私は、そう定義しています。

この記事を書いた人
2021年に株式会社ixisを創業し、代表取締役を務める。人材業界で新規事業立ち上げに従事した経験を活かし、「ぐっとくる会社を、もっと。」をビジョンに、中小企業の経営力向上と組織開発を支援。経営者向け勉強会「経営の仕組み化ラボ」を主宰し、地域企業のネットワーク構築や課題解決に取り組む。ITと人事の融合による実践的なコンサルティングで、地域経済の活性化を目指している。
新着情報一覧に戻る
SERVICE

チームワークを
促進するサービス

自分が自分らしく働きながら、能力を最大に発揮して、組み合わせ組織目標を達成できる
職場に変えるお手伝いをしています。