- Shuhei Nakaso
AI指示の常識を変える。「役割指定」をやめて「思考のレンズ」で企画書を劇的に改善する方法
AI指示の常識を変える。「役割指定」をやめて「思考のレンズ」で企画書を劇的に改善する方法
「AIに企画書のドラフト作成をお願いしたのに、出てきたのは誰でも書けるような当たり障りのない文章だった…」
こんな経験はありませんか?生成AIは非常に強力ですが、私たちの指示が曖昧では、その能力を最大限に引き出すことはできません。
今回は、多くの企業が課題として抱える「情報共有の属人化」を解決するためにkintoneの導入を検討する、という具体的なシナリオを通じて、AIへの指示の質を劇的に向上させる「思考のレンズ」というフレームワークをご紹介します。
まずはよくある「役割指定」とその残念な結果
多くの場合、私たちはAIに対して「〇〇として振る舞ってください」という役割指定(ロールプレイ)から指示を始めてしまいがちです。
【よくある指示の例】
あなたはプロのコンサルタントです。kintoneの導入を検討しているため、企画書を作成してください。
この指示に対し、AIは以下のような企画書を生成しました。
【AIの出力結果】
業務改革とDX推進を実現する「kintone」導入企画書
- はじめに:現状の課題と本提案の目的
現在、当社では多くの業務がExcelやメール、紙媒体を中心に運用されており、業務の属人化と非効率、情報の散在と共有の遅延といった課題が顕在化しております…(中略)…本企画では、これらの課題を抜本的に解決し、全社的な業務改革とDXを推進するためのソリューションとして、「kintone」の導入を提案いたします。
- kintoneとは
kintoneは、プログラミングの知識がなくても、自社の業務に合わせたアプリケーションを簡単な操作で作成できるクラウドサービスです…
- 導入によって期待される効果(メリット)
業務効率の大幅な向上、情報共有の迅速化と可視化、データドリブンな文化の醸成…
(以降、一般的な活用イメージ、導入計画、費用対効果のシミュレーションが続く)
いかがでしょうか。内容は間違っていませんが、「どの会社にも当てはまる一般論」の域を出ていません。AIは「プロのコンサルタント」という役割を演じようとしますが、あなたの会社の具体的な状況を知らないため、当たり障りのないことしか言えないのです。
解決策は「思考のレンズ」にあり
では、どうすれば良いのでしょうか。AIに役割を演じさせて「察してもらう」ことを期待するのではなく、私たちが「思考の骨格」を明確に伝えるのです。そのために役立つのが、この「思考のレンズ」です。
以下の例は、先ほどの指示を「思考のレンズ」で分解し、AIに具体的な文脈を与えたものです。
【改善された指示の例:思考のレンズ】
思考のレンズ
前提 (Premise):
- 我々のビジネスの根幹は「現場の実行力」であり、ITに詳しくない従業員でも直感的に使えるツールが最良である。
- 新しいツールの導入は、トップダウンではなく、現場部門からの合意形成を重視する文化がある。
- 投資の判断基準として、短期的なコスト削減よりも「中長期的な業務基盤の強化」に重きを置く。
状況 (Situation):
- 現在、案件管理と進捗報告を複数のExcelファイルで行っており、情報は各担当者に散在・属人化している。
- 営業部と開発部の間で最新情報が共有されず、仕様の伝達ミスや手戻りが月に数件発生し、プロジェクトの遅延につながっている。
- 週次の進捗報告資料の作成に、各担当者が平均3時間/週を費しており、本来のコア業務を圧迫している。
目的 (Purpose):
- 経営陣に対し、kintone導入の第一ステップとして「営業部を対象とした3ヶ月間のトライアル(10ライセンス)」の予算(XX万円)を承認してもらう。
- そのための説得材料として、現状の課題、トライアルの実施計画、具体的な測定指標、そして期待される効果をまとめた企画書のドラフトを作成する。
動機 (Motive):
- この取り組みのゴールは、単にExcelをなくすことではない。
- 部門間で情報が分断されることで生じる「あの件どうなった?」という確認作業や、情報の齟齬による不信感をなくし、従業員が心理的安全性高くコラボレーションできる文化を醸成したい。
- 担当者を面倒な報告作業から解放し、その時間を顧客への価値提供や創造的な業務に使えるようにする。
制約 (Constraint):
- kintoneの専門用語(例:「アプリ」「スペース」「スレッド」)を多用せず、「案件データベース」「情報共有の場」のような平易な言葉で説明すること。
- これまでのExcelでの管理方法を「非効率だった」と一方的に否定するのではなく、功績を認めつつ「次のステップに進むための改善案」という前向きな視点を保つこと。
- Markdown形式で、サマリー、課題、解決策、計画、期待効果の構成で出力すること。
「思考のレンズ」を使った指示が生んだ、”使える”企画書
この具体的で、背景や想いが込められた指示に対し、AIは以下のような、全く質の異なる企画書を生成しました。
【AIの出力結果】
【企画書ドラフト】部門間連携を加速させる情報共有基盤の試験導入について
サマリー
本企画は、現在Excelで個別管理されている案件情報を、より円滑に共有・活用できる仕組みへと刷新するための第一歩を提案するものです。具体的には、営業部を対象に、直感的に使える「案件データベース」を3ヶ月間試験的に導入します…(中略)…最終的な目的は、当社の強みである「現場の実行力」を最大化する中長期的な業務基盤を強化し、従業員一人ひとりがより創造的な業務に集中できる文化を醸成することです。
現状の課題
これまで、各担当者が作成するExcelファイルは、案件情報を管理する上で重要な役割を果たしてきました。この運用のおかげで、私たちは多くのプロジェクトを成功に導くことができました。しかし、事業の成長に伴い、現在の方法ではいくつかの課題が顕在化しています。
- 情報の散在と属人化: 「あの件、今どうなってる?」という確認が頻繁に発生しています…
- 部門間の連携ロス: 営業部と開発部の間で最新情報がリアルタイムに共有されず、仕様の伝達ミスやそれに伴う手戻りが月に数件発生しています…
- 報告業務によるコア業務の圧迫: 週次の進捗報告資料を作成するため、各担当者は平均して週に3時間を費しています…
(以降、具体的なトライアル計画、測定指標、費用対効果ではなく「組織文化の醸成」といった中長期的効果に言及した内容が続く)
【徹底比較】なぜアウトプットはここまで変わるのか?
両者の違いは一目瞭然です。
比較項目 | 役割指定のみの結果 | 思考のレンズ活用の結果 |
具体性 | どの企業にも当てはまる一般論 | 「週3時間」「月数件の手戻り」など、自社特有の課題が明確 |
視点・配慮 | ツールの機能説明が中心 | 「これまでのExcel運用への敬意」や「現場の合意形成」といった社内文化への配慮が見られる |
ゴール設定 | 業務効率化、コスト削減 | 「心理的安全性の高い文化の醸成」といった、より本質的で共感を呼ぶゴールが設定されている |
提案内容 | いきなり全社導入を匂わせる | 「営業部での3ヶ月トライアル」という、現実的でスモールな第一歩を提案している |
言葉遣い | カタカナの専門用語が多い | 「案件データベース」「情報共有の場」など、ITに詳しくない人にも分かりやすい言葉を選んでいる |
「思考のレンズ」で与えた指示が、いかにアウトプットの質を向上させたかお分かりいただけたでしょうか。
- 状況で具体的な数値を示したから、企画書の課題にリアリティが生まれました。
- 動機でプロジェクトの魂を伝えたから、単なるツール導入ではない、文化醸成の物語が描かれました。
- 制約で言葉遣いを指定したから、読み手への配慮が行き届いた文章になりました。
AIは、優れた思考の壁打ち相手です。私たちが思考を整理し、その骨格を明確に伝えることで、AIは初めて”賢いアシ-スタント”として機能します。
kintone導入に限らず、何か新しいプロジェクトの企画を考える際、ぜひこの「思考のレンズ」を使って、AIとの対話を始めてみてください。きっと、これまでとは全く違うクオリティのアウトプットが得られるはずです。